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●和菓子への思い

●和菓子への思い
🟩「生きているお菓子」への思い
私の和菓子づくりに対する思いは、2011年までは常に変化していました。
しかし、2012年に代表に就任してからは「この先も変わらないだろう」という確信に変わりました。
生きているお菓子を作りたい。
それは、お客様の思いと私たち作り手の思いが重なる、“命ある和菓子”のことです。
🟩 第1章:家業を継ぐきっかけ
1997年、修行先から名古屋に戻り、家業の「小ざくらや一清」を継ぐことになりました。
当時は干菓子の卸が主力で、生菓子の製造は行っていませんでした。
そもそも、家業を継ぐ決意をしたのは、母のある悔しい体験がきっかけでした。
🟩 第2章:無名店の悔しさと、初めての挫折
学生時代、母が語った「名の通っていないお菓子屋は茶会で使ってもらえない」という現実。
それを聞いた私は「有名店にしよう」と心に決めました。
8年の修行を経て帰郷し、2坪の店から挑戦が始まりました。
ところが、パッケージ業者との出会いで初めて“悔しさ”を味わいます。
「ちゃんと作れるようになってから連絡してくれ」――話も聞かずに帰っていった営業マンの一言は、今でも忘れられません。
🟩 第3章:再出発と“楽しい”菓子作りの始まり
30歳で店舗を拡張。しかしうまくいかず、3年間は苦しい逆境でした。
その中で私は製菓学校に通い始め、「お菓子はどうやって作るか」ではなく「なぜできるのか」を学びました。
そうして初めて、私は“お菓子作りが楽しい”と思えたのです。
🟩 第4章:和菓子×IT、そしてメディアへ
当時の和菓子業界では、自社サイトを持つ店舗はほとんどありませんでした。
私はパソコンの知識を活かして自社サイトを構築し、新商品を次々と掲載。
その結果、テレビや雑誌の取材が増え、百貨店への出店へとつながっていきました。
🟩 第5章:創作菓子への進化と「菓楽」の誕生
あるとき、お子様のアレルギーに配慮した「和菓子のケーキ」のご依頼が届きました。
それがきっかけで、お客様と一緒に形を作る創作ケーキの製作が始まります。
私は「作品」ではなく、「食べて喜んでもらえる商品」を作ることを大切にしています。
食べられない素材や観賞用の工芸材料は使わず、1日勝負で仕上げる――
そのこだわりこそが、私の創作菓子の根幹です。
🟩 終章:『菓楽』に込めた未来への誓い
「菓楽」という言葉は、私が最も大切にしている価値観です。
楽しくなければ、良い菓子は作れない。
大学の学長が掲げた「楽しくなければ学校じゃない」という言葉に共鳴した私が、壁に刻んだ言葉です。
そして私は今もこう語ります:
菓子の向こう側にあるお客様の笑顔こそが、ほんとうの菓子なんだ
私は、人生をかけて“一生一品”と呼べる和菓子『菓楽』を完成させたいと考えています。
小ざくらや一清 伊藤 高史